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法華経

法華経

法華経とは

『法華経』初期大乗仏教経典の1つである『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』「正しい教えである白い蓮の花の経典」の漢訳での総称。(サンスクリット)原題の意味は、「サッ」(sad)が「正しい」「不思議な」「優れた」、「ダルマ」(dharma)が「法」、「プンダリーカ」(puṇḍarīka)が「清浄な白い蓮華」、「スートラ」(sūtra)が「たて糸:経」であるが、漢訳に当たってこのうちの「白」だけが省略されて、例えば鳩摩羅什訳では『妙法蓮華経』となった。さらに「妙」、「蓮」が省略された表記が、『法華経』である。「法華経」が「妙法蓮華経」の略称として用いられる場合が多い。漢訳は、部分訳・異本を含めて16種が現在まで伝わっているが、完訳で残存するのは
■『正法華経』10巻26品(竺法護訳、286年、大正蔵263)
■『妙法蓮華経』8巻28品(鳩摩羅什訳、400年、大正蔵262)
■『添品妙法蓮華経』7巻27品(闍那崛多・達磨笈多共訳、601年、大正蔵264)
の3種で、漢訳三本と称されている。漢訳仏典圏では、鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』が、「最も優れた翻訳」として流行し、天台教学や多くの宗派の信仰上の所依として広く用いられている。
鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』は28品の章節で構成されている。現在、日本で広く用いられている智顗(天台大師)の教説によると、前半14品を迹門(しゃくもん)、後半14品を本門(ほんもん)と分科する。迹門とは、出世した仏が衆生を化導するために本地より迹(あと)を垂れたとする部分であり、本門とは釈尊が菩提樹下ではなく五百塵点劫という久遠の昔にすでに仏と成っていたという本地を明かした部分である。迹門を水中に映る月とし、本門を天に浮かぶ月に譬えている。後世の天台宗や法華宗一致派は両門を対等に重んじ、法華宗勝劣派は法華経の本門を特別に重んじ、本門を勝、迹門を劣とするなど相違はあるが、この教説を依用する宗派は多い。

迹門

前半部を迹門(しゃくもん)と呼び、般若経で説かれる大乗を主題に、二乗作仏(二乗も成仏が可能であるということ)を説くが、二乗は衆生から供養を受ける生活に余裕のある立場であり、また裕福な菩薩が諸々の眷属を連れて仏の前の参詣する様子も経典に説かれており、説法を受けるそれぞれの立場が、仏を中心とした法華経そのものを荘厳に飾り立てる役割を担っている。さらに提婆達多の未来成仏(悪人成仏)等、“一切の衆生が、いつかは必ず「仏」に成り得る”という平等主義の教えを当時の価値観なりに示し、経の正しさを証明する多宝如来が出現する宝塔出現、虚空会、二仏並座などの演出によってこれを強調している。 また、見宝塔品には仏滅後に法華経を弘める事が大難事(六難九易)であること、勧持品には滅後末法に法華経を弘める者が迫害をされる姿が克明に説かれる等、仏滅後の法華経修行者の難事が説かれる

本門

後半部を本門(ほんもん)と呼び、久遠実成(くおんじつじょう。釈迦牟尼仏は今生で初めて悟りを得たのではなく、実は久遠の五百塵点劫の過去世において既に成仏していた存在である、という主張)の宣言が中心テーマとなる。これは、後に本仏論問題を惹起する。
本門ではすなわちここに至って仏とはもはや歴史上の釈迦一個人のことではない。ひとたび法華経に縁を結んだひとつの命は流転苦難を経ながらも、やがて信の道に入り、自己の無限の可能性を開いてゆく。その生のありかたそのものを指して仏であると説く。したがってその寿命は、見かけの生死を超えた、無限の未来へと続いていく久遠のものとして理解される。そしてこの世(娑婆世界)は久遠の寿命を持つ仏が常住して永遠に衆生を救済へと導き続けている場所である。それにより“一切の衆生が、いつかは必ず仏に成り得る”という教えも、単なる理屈や理想ではなく、確かな保証を伴った事実であると説く。そして仏とは久遠の寿命を持つ存在である、というこの奥義を聞いた者は、一念信解・初随喜するだけでも大功徳を得ると説かれる。
説法の対象は、菩薩をはじめとするあらゆる境涯に渡る。また、末法愚人を導く法として上行菩薩を初めとする地涌の菩薩たちに対する末法弘教の付嘱、観世音菩薩等のはたらきによる法華経信仰者への守護と莫大な現世利益などを説く


教相判釈(きょうそう はんじゃく)

中国をはじめとする漢訳仏典圏において、仏教の経典を、その相(内容)によって、高低、浅深を判定し、解釈したもの。略して教判ともいう。釈迦は成道して、涅槃に入るまでの45年前後の間に、多くの教えを説いた。後々にそれが発展して経典として形成された。しかしそれらの多くの経典が、中国へ伝えられ、漢訳仏典として集成されると、中国的な仏伝の解釈に基づき、これらの諸経典の教えの相や時期を分けて判別して、それらから仏道修行の完全なる悟りを得ようとしたことにはじまる。これが北伝の仏教として日本や朝鮮、ベトナムなどに伝えられていった。
五時八教説(天台)
五時八教の教判とは、天台智顗(ちぎ、538年 – 597年)が、『一切経』を五時八教に分けたものである。日本へは最澄が紹介した。これを日蓮が採用し、『法華経』が最高の教えであるという根拠とした。

五時

華厳経→方等経→般若経→法華経→涅槃経
最初に『華厳経』を説き、その教えが難しいため人々が理解できなかったとして、次に平易な『阿含経を説いたとする。人々の理解の割合に応じて、『方等経』、『般若経』を説き、最後の8年間で『法華経』と『涅槃経』を説いたとする。そして最後に説いた『法華経』が釈迦のもっとも重要な教えであるとしている。
五時を、説法した期間・会座(えざ=説法の場所)・経典などを分類すると次の通り。

1.華厳時 期間 – 21日間
会座 – ガヤー城近郊、ナイランジャナー河の菩提樹の下など、7処8会
経典 – 『華厳経(大方廣仏華厳経)』
位 – 乳酥、別・円を説く頓教、擬宜の教え

2.阿含時 期間 – 12年間
会座 – バラナシー国の鹿野苑
経典 – 増一、長、中、雑、小の『阿含経』、『法句経』などの『南伝大蔵経』
位 – 酪酥、蔵のみを説く漸教(秘密・不定教もあり)、誘引の教え

3.方等時 期間 – 16年間
会座 – シュラバスティーの祇園精舎、マガダ国の竹林精舎、ヴェーサリー国のアンバパーリー園など
経典 – 『大方等大集経』、『阿弥陀経』、『観無量寿経』、『大宝積経』、『大日経』、『金光明経』、『維摩経』、『勝鬘経』、『解深密経』など権大乗経
位 – 生酥、蔵通別円の4教を対比して説く漸教(秘密・不定教もあり)、弾訶の教え

4.般若時 期間 – 14年間
会座 – マガダ国のラージャガハ附近の霊鷲山など、4処16会
経典 – 『大般若経』、『金剛般若経』、『般若心経』など
位 – 熟酥、円教に通別を帯ばしめて説く漸教(秘密・不定教もあり)、淘汰の教え

5.法華涅槃時 期間 – 8年間
会座 – マガダ国のラージャガハ附近の霊鷲山など、2処3会(『法華経』)、クシナガラのアジタパティー河辺の沙羅双樹の下(『涅槃経』)
経典 – 法華経28品を中心とする『法華三部経』、『涅槃経』
位 – 醍醐、円教を説く頓教(秘密・不定教なし)、開会の教え

ただしこれは、経典に書かれている時間・時期的な記述や場所、またその内容から、あくまでも順序だてて分けただけで、必ずしも釈迦が絶対的に必ずその順番で説いたわけではない。そのことは、日蓮も守護国家論で、「大部の経、大概(おおむね)是の如し。此れより已外(いげ)諸の大小乗経は次第不定(しだいふじょう)なり、或は『阿含経』より已後に『華厳経』を説き、『法華経』より已後に方等般若を説く。みな義類(ぎるい)を以て之を収めて一処に置くべし」と述べている。したがって、対機説法(たいきせっぽう)、臨機応変という言葉が示すように釈迦仏が衆生の機根(教えを聞ける器、度合い)に応じて、教法を前後して説いたことを留意しなくてはならない。また智顗が分類した五時説を日蓮が採用しつつも、次第不定で前後していることを既に認知していたという事実があることを、大乗非仏説及び経典成立史の観点から留意しなくてはならない。したがって今日の仏教学では五時説は歴史的事実とは言いえないが、宗学的には仏教学の成果をどのように受容するかという新たな課題を生んでいる。
なお、智顗は、『涅槃経』に対しては、『法華経』とほぼ同内容で、その真理は既に『法華経』で明かしており、法華の救いに漏れた者達のために説かれた教えにすぎない、という位置づけから、また涅槃は一日一夜の説法なので法華の八年間に摂したため、法華と涅槃とを分けず「法華涅槃時」としたが、『華厳経』から『法華経』までは次第不定に説かれたのに対して、『涅槃経』は経典の内容や場所から判断して唯一、釈迦が入滅の時に至って説いた教法である、としている。

法華七喩(ほっけしちゆ)

法華経では、7つのたとえ話として物語が説かれている。これは釈迦仏がたとえ話を用いてわかりやすく衆生を教化した様子に則しており、法華経の各品でもこの様式を用いてわかりやすく教えを説いたものである。これを法華七喩、あるいは七譬(しちひ)ともいう。
1.三車火宅(さんしゃかたく、譬喩品)
2.長者窮子(ちょうじゃぐうじ、信解品)
3.三草二木(さんそうにもく、薬草喩
4.化城宝処(けじょうほうしょ、化城喩品
5.衣裏繋珠(えりけいしゅ、五百弟子受記品)
6.髻中明珠(けいちゅうみょうしゅ、安楽行品)
7.良医病子(ろういびょうし、如来寿量品)

法華経

序品第一(じょほん)
方便品第ニ(ほうべんぼん)
譬喩品第三(ひゆほん)
信解品第四(しんげほん)
薬草喩品第五(やくそうゆほん)
授記品第六(じゅきほん)
化城喩品第七(けじょうゆほん)
五百弟受記品第八(ごひゃくでしじゅきほん)
授学無学人気品第九(じゅがくむがくにんきほん)
法師品第十(ほっしほん)
見宝塔品第十一(けんほうとうほん)
提婆達多品第十二(だいばだったほん)
勧持品第十三(かんじほん)
安楽行品第十四(あんらくぎょうほん)
——————————————
従地踊出品第十五(じゅうじゆじゅつほん)
如来寿量品第十六(にょらいじゅうりょうほん)
分別功徳品第十七(ふんべつくどくほん)
随喜功徳品第十八(ずいきくどくほん)
法師功徳品第十九(ほっしくどくほん)
常不軽菩薩品第二十(じょうふきょうぼさつほん)
如来神力品第二十一(にょらいじんりきほん)
嘱累品第二十二(ぞくるいほん)
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薬王菩薩本亊品第二十三(やくおうぼさつほんじほん)
妙音菩薩品第二十四(みょうおんぼさつほん)
観世音菩薩普門品第二十五(かんぜおんぼさつふもんほん)(観音経)
陀羅尼品第二十六(だらにほん)
妙荘厳王本亊品第二十七(みょうしょうごんのうほんじほん)
普賢菩薩勧発品第二十八(ふげんぼさつかんぼつほん)

無量義経

天台智顗は無量義経を法華経の開経として位置づけた。
「四十余年未顕真実(四十余年の説法は、いまだ真実をあらわさず)」との一文において、過去の釈迦の説法(華厳経~般若経)が真実でないことを述べたものである。
他経では「女人不成仏」「二乗永不成仏」など、一切衆生を救済することができない不完全な経文だった。その上で、この無量義経において、「衆生の性欲が不同(千差万別)なことから、その機根に応じて別々に説いてきた。その説法は方便であり真実ではない」と明言したものである。

三千大千世界

三千大千世界(さんぜんだいせんせかい)は、仏教用語で10億個の須弥山世界が集まった空間(十万億土)を表す言葉。
1つの世界
仏教の宇宙論では、須弥山(しゅみせん)の周囲に四大洲(4つの大陸)があり、そのまわりに九山八海があるとする。これが我々の住む1つの世界(1須弥山世界)で、上は色界(しきかい、三界の一つ)の梵世から、下は大地の下の風輪にまで及ぶ範囲を指す。
3つの千世界
上述した1つの世界が1000個集まって小千世界となり、小千世界が1000個集った空間を中千世界と呼び、中千世界がさらに1000個集ったものを大千世界という。大千世界は、大・中・小の3つの千世界から成るので「三千大千世界」とも呼ばれる。 このように、「三千大千世界」とは「大千世界」と等しい概念で、1000の3乗個、すなわち10億個の世界が集まった空間のことを指している。
仏国土との関係
1つの三千大千世界は1人の仏が教化できる範囲であるともされるため、1つの三千大千世界を1仏国土ともよぶ。
我々が住んでいる世界を包括している仏国土(三千大千世界)の名前は娑婆である。阿弥陀如来が教化している極楽という名前の仏国土は、娑婆世界の外側、西の方角にあるため西方極楽浄土と呼ばれる。薬師如来の東方浄瑠璃世界や阿閦如来の妙喜世界なども同様に娑婆世界の外に存在する。

一念三千

一念三千(いちねんさんぜん)とは、天台宗の観法であり、また根本教理とする。一念の心に三千の諸法を具えることを観(かん)ずることである。中国天台宗の開祖である天台大師・智顗が創案したとされる。
概説
一念とは、凡夫・衆生が日常におこす瞬間的な心(念)をいう。
三千とは法数(ほっすう)の展開である。十界が互いに他の九界を具足しあっている(十界互具)ので百界、その百界にそれぞれ十如是があるから千如是となり、千如是は五蘊(ごうん)世界・仮名(けみょう)世間・国土・世間の三種世間の各々にわたるので三千世間となる。つまり十界×十界×十如是×三世間=三千となる。
天台宗ではこれを、極小から極大の相即した統一的な宇宙観を示し、実践的には自己の心の中に具足する仏界を観法することをいう。
一念三千は、天台大師智顗によって創始、発展されたものであるが、日蓮はこの一念三千の理法を受け継ぎ、やはり仏法の極理であるとした。そして「観心本尊抄」で末法の世における一念三千の実践を論じ、一念三千は法華経の本門によって完全となり、それを具象化したものが十界曼荼羅の本尊であり、この本尊を具体的に実践するのは題目を唱えることだと説いた。特に「一念三千の法門は、ただ、法華経の本門、寿量品の文の底に沈めたり」という「開目抄」の一文は有名である。

六波羅蜜

六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、大乗仏教で説く悟りの彼岸に至るための6つの修行徳目。
布施
分け与えること。
持戒
戒律を守ること。在家の場合は五戒(もしくは八戒)を、出家の場合は律に規定された禁戒を守ることを指す。
忍辱
耐え忍ぶこと。
精進
努力すること。
禅定
心を集中して、散乱する心を安定させること。
智慧
諸法に通達する智と断惑証理する慧。

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