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ユダヤ教・キリスト教・イスラム教

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の違い

信じる神は同じ存在

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも旧約聖書のアブラハムを祖とする一神教(唯一絶対の創造神ヤハウェ)であり、聖書に端を発する彼らが信じる神は同じ存在である。

イエス・キリストに対する解釈の違い

3つの宗教の違いを生み出している、最も根本的な、核心的な違いは何なのか。その答えは、イエス・キリストに対する解釈の違いである。
イエス・キリストに対する解釈が違うことによって、すなわちイエス・キリストをどういう存在としてそれぞれが受け入れたかによって、この3つの宗教は生まれ、離れてしまった。
引用:Astronaut

ユダヤ教にとってのイエス・キリスト

ユダヤ教にとってのイエス・キリストは異端者

ユダヤ教が用いるのが旧約聖書。その中の彼らの最大の願いはメシヤの降臨である。ユダヤ人にとってメシヤはまだ現れてはおらず、イエス・キリストはメシアではない。
イエス・キリストの教えは旧約聖書の教えを刷新(弊害を除き去って、新しいものにすること) しようとしたのでイエス・キリストは異端者となる。
引用:Astronaut

キリスト教にとってのイエス・キリスト

イエス・キリストは「メシア=救世主」

イエス・キリストは「メシア=救世主」神の子、神と人間の仲保者(神と人との間を仲裁・和解・媒介する者)である。
終焉の時を迎えた際には人々を導いてくれる救世主が現れて、世界の終焉から救ってくれる。その救世主こそがイエス・キリストである。
※イエスの復活はイエスがメシア(救世主)である事の実証です。

三位一体

「父」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)が「一体(唯一の神)」である。

イスラム教にとってのイエス・キリスト

イスラム教にとってのイエス・キリストは預言者の一人

イスラム教においてイエス・キリストは五大預言者(ナビー)のうちの一人。
常人であって、他の預言者同様、神の言葉を広めるために選ばれた人間である。
※三位一体説は認めない

イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地と十字軍

十字軍

十字軍とは、11世紀から13世紀(約200年)西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のことである。

エルサレム=【イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地】

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地です。
地中海の東にある世界遺産「エルサレム旧市街」1キロメートル四方の城壁に囲まれ、その中に、3つの宗教の聖地が集まってる。
■嘆きの壁
ユダヤ教の神聖な祈りの場所
■聖墳墓教会
イエス・キリストの墓(ゴルゴタの丘)
■岩のドーム(神殿の丘)
イスラームの預言者ムハンマドが天に昇った場所

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの聖地
ユダヤ教、キリスト教、イスラームの3つの宗教の聖地です。
出典:イスラエル/エルサレム特派員ブログ 関 望

十字軍 キリスト教・イスラム教

ここでは現在も、宗教的な対立を背景に、緊迫した争いが絶えません。
いったいなぜ、ここで宗教の対立が起こったのでしょうか。

エルサレムはイスラム教徒によって独占されていました。そんな中、キリスト教がエルサレムを奪還するために動くのです。エルサレムにあるイエスが誕生した場所とされる聖墳墓協会奪還を目指して。これが十字軍です。
エルサレム奪回を目指して最初に十字軍がエルサレムに入った際に、イスラム教徒だろうがユダヤ教徒だろうが関係なく大量虐殺を敢行しました。結果エルサレムの旧市街は血の海になったと言われています。
十字軍は当初こそエルサレムの奪還が目的だったのですが、十字軍の名のもとにただの強盗集団へと変貌した歴史があります。

十字軍とイスラームの歴史

11世紀ごろ、ローマ・カトリックのキリスト教は、西ヨーロッパに広く普及していました。
人々の宗教への情熱は高まり、聖地への巡礼が盛んに行われました。キリスト教の聖地の一つが、イエス・キリストの墓があるとされる聖墳墓教会のある、エルサレムでした。
エルサレムは、7世紀から、イスラーム勢力の支配下にありました。しかし、ユダヤ教徒やキリスト教徒たちとも、おおむね平和に共存していました。
11世紀後半、イスラームのセルジューク朝が発展し、領土を広げてきました。そして、1077年、エルサレムを占領します。さらにセルジューク朝は、ビザンツ帝国の領土を次々に奪っていきました。セルジューク朝の進出に対して、ビザンツ帝国の皇帝は、ローマ教皇ウルバヌス2世に救援を求めます。
1095年、フランスのクレルモンで、聖職者たちの会議が行われました。そこで、ウルバヌス2世は、聖地エルサレムを奪還しようと呼びかけました。西ヨーロッパの王侯や騎士たちが、教皇の呼びかけに応えて集まりました。1096年、第1回十字軍が、エルサレムの奪還を目指して出発します。
エルサレムに着いた十字軍は、多くの犠牲者を出しながら、1099年に聖地を占領します。そして、エルサレム王国を建てました。
このとき、多くのムスリムが殺されたといわれています。イスラームの指導者は、異教徒に対する聖なる戦い「ジハード(聖戦)」を呼びかけました。そして、1187年、イスラーム勢力が聖地を奪回します。それに対して、ローマ教皇は、再び十字軍を招集しました。
当初、キリスト教徒の信仰心で支えられた十字軍でしたが、次第に教皇の政治的野心や諸侯たちの領地獲得のために行われるようになっていきました。こうした十字軍の遠征は、200年近くの間に7回行われ、キリスト教とイスラームは激しい衝突を繰り返したのです。

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