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イスラム教

イスラム教

イスラム教(正式名はイスラーム)は、唯一絶対の神アッラーを信仰し、神が最後の預言者たるムハンマドを通じて人々に下したとされるコーランの教えを信じ、従う一神教である。
ユダヤ教やキリスト教の影響を受けた唯一神教で、偶像崇拝を徹底的に排除し、神への奉仕を重んじ、信徒同士の相互扶助関係や一体感を重んじる点に大きな特色があるとされる。アッラーを崇拝するが、アッラーとは、もともとアラビアの多神教の神々の中の一人であったが、ムハンマドがメッカを占領すると、他の多神教の神々の像は全て破壊され、その神アッラーだけを崇拝するようになった。
イスラム教はアラビア語を母語とするアラブ人の間で生まれ、神がアラビア語をもって人類に下したとされるコーランを啓典とする宗教であり、教えの名称を含め、宗教上のほとんどの用語はアラビア語を起源とする語である。
引用:Wikipedia

イスラム教とは

イスラーム教の成立とコーランの成立
メッカにおいて、ムハンマドが啓示を受けてアッラーへの信仰を説き始めたのはキリスト教紀元(西暦)で言えば610年であった。いつものようにヒラー山の洞窟に籠っていると、天使ガブリエルが現れ、 巻物で彼の喉を押さえ付けるようにして、「誦め」といいました。これが神(アッラー)からの最初の啓示であったといわれています。やがて彼は預言者としての自覚を得て、身の回りの人々に教えを説き始めます。そして数年後には公に宣教を開始しますが、教えが広がるにつれて警戒・迫害を受けるようになります。当初はメッカの大商人たちから迫害され、北方のメディナに移って教団を建設したのが622年、メッカ征服に成功したのが630年である。イスラーム教ではその紀元元年を、メディナに移った西暦622年のヒジュラ(聖遷)に置いている。この時、ムハンマドが建設した信者(ムスリム)の共同体をウンマという。632年のムハンマドの死後は、後継者のカリフに率いられて教団を拡大し、またムハンマドの言行録がコーランとしてまとめられたのは第3代カリフのウスマーンのころの650年頃である。

イスラーム国家の成立
西暦622年にムハンマドがメディナに移り、ウンマ(信者の共同体)を建設したのが政治と宗教を一体化させた政教一致のイスラーム国家の始まりであった。それ以後、メディナは第3代正統カリフのウスマーンまで首都とされた。630年にムハンマドがメッカを制圧したが632年には死去した。その後、後継者のカリフのもとで急速にその勢力は拡大し、第2代のウマルの時にアラブ人諸部族はイスラームに改宗し、アラビア半島の統一がなされた。この正統カリフ時代(632~661年)の後も積極的な異教徒との聖戦=ジハードを展開、西アジア全域をその支配下に治め、イスラーム帝国としての態勢を整えた。

世界宗教としてのイスラーム教
イスラームは当初はアラブ人の信仰であったが、ムハンマドの貧富や民族を超えた人間の神の前での平等を説く教えはまたたくまにアラブ人の枠を超えて広がり、ムスリム=神に身を捧げた者、といわれるその信者は西アジアを中心に世界に広がり、仏教・キリスト教とともに三大世界宗教とされるに至った。その世界宗教としての優れた普遍性と明快さが西アジアの多数の民族、とくにイラン人、トルコ人に広がって、現在に至るまで世界史の大きな軸の一つとなっている。ムハンマドの死後はその教えは代々のカリフに継承され、その間も拡大を続け、アフリカ内陸部、中央アジア、インド、東南アジアに広がっていく。その間、正統性と教義をめぐって分裂が始まり、現在のイスラーム教はいくつかの宗派に分かれているが。

信者数:16億人
成立時期:紀元622年
創始者:ムハンマド
聖典:コーラン

引用:世界史の窓

ジハード
ジハードは、イスラーム教およびイスラーム教徒(ムスリム)を迫害する不信心者(異教徒)との戦いをことで、ムハンマド時代のメッカとの戦いから続いている。特に正統カリフ時代には、シリア・パレスチナのユダヤ教徒やキリスト教徒、ササン朝ペルシアのゾロアスター教徒などとの戦いがあった。異教徒との戦いはムスリムの義務の一つであるが、その戦いで戦死した者は天国に行くことが出来ると信じられていて、最近のアラブ側の自爆テロまでその精神は継承されている。
引用:世界史の窓

「コーランか剣か」の誤解
一般にアラブの遠征軍は、「コーランか剣か」の二者択一をせまり、改宗しなければ皆殺しにする、というようなイメージがつくらている。しかし、アラブの征服には、
①イスラームに改宗するか
②人頭税を支払って従来通りの信仰を保持するか
③これらを拒否してあくまで戦うか
の三通りがあったのであり、けっして「コーランか剣か」の二者択一ではなかった。アラブの圧倒的強さを見たキリスト教徒が、「野蛮な宗教」という恐怖心から誤解し、それが明治以降の日本に輸入されたのである。

引用:世界史の窓

四大宗派について
三大宗派
出典:四大宗派について解説

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